頭の運動 〜クイズでIQ&右脳を鍛えよう!〜

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問題No.001490

無神経

緑茶 (2003/02/12(Wed) 16:37:11)

友人Aがいった言葉です。

「自分でも無神経って分かってるわよ。今更ねぇ」

1.上の発言の「自分でも分かる無神経」は、言い換えると「自他共に認める無神経」となります。つまり、その無神経さ(無神経度)を強調しているので、友人Aはただの無神経(自分でも認めない無神経)と比べて、より無神経度が高いということになります。

2.友人A〜Jの10人で50枚のクッキーを食べていて、そのうち2枚のクッキーが最後に残ってしまいました。残り2枚になるまでにAとBはクッキーを明らかに他の人より多くのクッキーを食べていました。にもかかわらず、AとBはC〜Jに有無を言わさず残りの2枚を食べてしまいました。
この時、Aは『あ、ちょっと無神経だったかな・・・』と自責の念を覚えました。
しかし、Bは『あ〜うまかったな』と反省の色が見えません。
この場合、「無神経を自覚しているA」の方が明らかに「自覚していないB」より無神経度が低いと思われます。

上の1,2をふまえて考えると、
「自他共に認める無神経は一般の無神経より無神経度が高く、かつ低い」
と意味不明の意味になってしまいますが・・・
どういう事でしょうか?

「矛盾」ということで解決してもよさそうですが、一応は日常的な会話で絶対に使われることの無い言葉という訳ではなく、一生のうち一、二回は聞いてもよさげな言葉です。実際聞きましたしね。
だから、日常的とまではいえませんが、一般的なその言葉を矛盾の一言で終わらせるには問題があるのではないでしょうか?
なにかしらの答え待ってます。

ちなみにクッキーを食べたBが緑茶なのは秘密です。

 
s (2003/02/12(Wed) 17:05:37)

「自他共に認める無神経」という語は存在するのですか?

 
緑茶 (2003/02/12(Wed) 17:21:02)

私は「自他共に認める○○」の○○には形容語なら大抵何を入れても問題は無いものと解釈してます。ゆえに、(私の考えでは)「自他共に認める無神経」という言葉は文法違反ではないと思います。

しかし、「自他共に認める無神経」とはただ理解しやすいように付け加えた言葉なので、もしこれが完全に日本語を無視しているというのならば、その部分は省いて考えてもらっても構いません。1の文では無神経度(これは造語です)が高められうるという意味を理解してもらえれば十分なので。

 
s (2003/02/12(Wed) 17:36:21)

では「自他共に認める無神経」の定義が少し違うのかと、確かに強く聞こえますが欠点を知っていればその点を改善することも可能です。
つまり「自他共に認める無神経」をmostにするのがまずいかと。

もしくは(1)で言われる「自他共に認める無神経」は言い換えると「無神経を自覚している」ということになります。
これは(2)で言われる「無神経度が低い」に相当します。
そしてそれは(1)の
「ただの無神経(自分でも認めない無神経)と比べて、より無神経度が高いということになります」
に矛盾します。
より(1)(2)は矛盾しているのでは・・・

 
 (2003/02/12(Wed) 17:28:05)

「無神経だと自覚できるほどの無神経のレベル(ひどさ)」って人それぞれ違うんじゃないでしょうか?

無神経モデルというものを考えましょう。
0〜10の数直線で無神経さを表します。
0は全く無神経で無いレベル。(いわば有神経?)
10になると究極の無神経レベルです。

Aさんは無神経レベル5を超える行為を無神経だと自覚します。
Bさんは無神経レベル8を超える行為を無神経だと自覚します。
というモデルを作るとしましょう。

クッキーを食べる行為が、だいたい無神経レベル6の行為だったとします。
このとき…
Aさんは無神経だと自覚できます。
Bさんは無神経という自覚はありません。

では次に、「あなたは無神経ですか?」と問われたときを考えます。
Aさんは「はいそうです、その自覚もあります。」
Bさんは「そうとは思いません。」
と答えたとします。

このときAさんはなぜ自覚があると答えたのでしょうか。
これは自分の普段の行動が無神経レベル5を超えることが度々あったからです。
ここではAさんの平均的な無神経レベルは6としておきましょう。
ではBさんは?
普段の行動がレベル8を超えることがあまりないのでしょう。

こう考えれば「無神経だと自覚できるほどの無神経のレベル(ひどさ)」の違いによって、こんなことがおきたんじゃないの?と言えるでしょう。

「自分でも無神経って分かってるわよ。今更ねぇ」という発言は私の無神経さは他の人よりも強い!というニュアンスを含むはずです。
Aさんは「他の人は無神経レベル5を超えることは、そうあるものではない」と考えているのでしょう。
つまり、「他の人たちは無神経のとこもあるかもしれないけど、自覚するほど(レベル5を超えるほど)無神経ってわけじゃないんだろう。それに比べて私は自分でも嫌なくらいに無神経だってわかるんだ。それぐらい(無神経レベル6)無神経なんだ。」と思っているのでしょう。

つまり、どこに無神経の境界を置くかが違いを生むのではないでしょうか。

もちろん、クッキーを食べることをどれほど無神経と考えるかの違いもあるでしょう。
そこから説明をすることもできるでしょうけど、使っている言葉「無神経」の意味合いに注目するのが、他人から見た場合を考えても、分かりやすい気がします。

だからといってAとBの平均的な無神経レベルはどちらが高いかはわかりませんよ。
Bは普段のレベルが7で、クッキーのようなことが日常茶飯事かもしれませんが…
普段のレベルは2で、クッキーは稀に見る過ちだったかもしれないのですから。

長くなりました。意味わかんなかったらつっこんでください。
自分なりに考えて納得したつもりですから。
---------
ちょっと編集しました。

 
緑茶 (2003/02/12(Wed) 18:26:30)

ふむ、イさんの言う無神経レベルというのはその行為自身にかかる無神経さということですね。ちなみに私の言う無神経度とはその人間自身の無神経さです。

イさんの考えを要約すると「人それぞれの自身の行為に対する感じ方、つまり無神経レベルにおける境界線の違いが2の文のような錯覚(レベル3は無神経か否か)を起こすのであり、普段の素行は全く同じ無神経レベルの二者が自身の素行を無神経かどうかを判断すること自体はたとえその二者が(無神経か否かに対する問題に)別々の答えを出したとしてもその答えは二者の無神経度には全く反映されず、それにより1の文の「自他共に〜」というニュアンスにより無神経度が高いと見なされるので、自分でも分かるくらいの無神経はより無神経である。」
ということですね。

しかし私が尋ねているのは無神経レベルではなく無神経度なのです。
2つ例文を。

3.男子Pは女子Qがいることを知らず、下品なネタで皆を笑わせました。しかし、PはQの存在に気づくとQに詫びてそのネタを途中で切りました。

4.男子Rは女子Qがいることを承知していたにもかかわらずに下品なネタで皆を笑わせました。しかし、トイレに行くというので途中で終えました。

この場合、明らかにRはPより無神経であるといえます。おそらく、多くの人がそう結論するでしょう。
「同じ行為をした」つまり「無神経レベルが同じ」にもかかわらずです。
ということは、人が無神経かどうかを判断するのは「自身の行為の無神経レベルにおける基準線の位置」ということになります。

私的にはイさんの発言内容では、無神経レベルを無神経の基準に考えているように思えます。

>Aさんは無神経レベル3を超える行為を無神経だと自覚します。
Bさんは無神経レベル6を超える行為を無神経だと自覚します。

この時点ですでにBはより無神経だと結論されるのですから。

それでは、どこか間違いがあったら指摘して下さいまし。

 
chakori (2003/02/12(Wed) 17:34:51)

私は
> 「自分でも無神経って分かってるわよ。今更ねぇ」
この場合『自分でも無神経ってわかってるわよ。』の部分は無神経を自覚している言葉
『今更ねぇ』の部分は開き直りの言葉として解釈しました。
つまりこの人は『無神経を自覚して、なおかつ開き直っている』と思います。

> この時、Aは『あ、ちょっと無神経だったかな・・・』と自責の念を覚えました。
この人は『無神経を自覚して、反省している』

> しかし、Bは『あ〜うまかったな』と反省の色が見えません。
この人は『無神経を自覚していない』

これで矛盾しません。(勝手な解釈かもしれませんが・・・)

勝手ついでに無神経ランキング

1.無神経ではない
2.無神経を自覚し、戒めている
3.無神経を自覚していない
4.無神経を自覚し、開き直っている
5.無神経という言葉を知らない



 
s (2003/02/12(Wed) 17:50:21)

>↑×3
most→moreですね^^;


 
緑茶 (2003/02/12(Wed) 18:40:54)

sさん
はい。矛盾します。1つめのレスの、下から7行目から下を読んでくださいまし。

chakoriさん
上の例文ならそれで問題なさげです。ありがとうございました。
ありがとうついでにもう一ついいですか?

>「自分でも無神経って分かってるわよ。今更ねぇ」
を「自分でも無神経と自覚しています」に
>Aは『あ、ちょっと無神経だったかな・・・』と自責の念を覚えました。
を『今私はこの行為を無神経だと自覚した』と思いました。

と変えたらどうなるのでしょうか?

 
chakori (2003/02/12(Wed) 19:23:47)

> 「自分でも無神経と自覚しています」
は2つの解釈ができます。
1.自分でも無神経な行動に気が付いている。
2.他人に無神経と言われて自覚しているが、自分の無神経な行動には気が付かない。
この場合1よりも2の方が無神経度が高いですよね。

>『今私はこの行為を無神経だと自覚した』
これは1ですね。

なんか論点がずれていたらすいません。


 
 (2003/02/12(Wed) 23:36:21)

>ふむ、イさんの言う無神経レベルというのはその行為自身にかかる無神経さということですね。
>ちなみに私の言う無神経度とはその人間自身の無神経さです。
えっと…それならば その人の無心経度=その人の行動の平均無神経レベル
と考えています。

>この場合、明らかにRはPより無神経であるといえます。おそらく、多くの人がそう結論するでしょう。
>「同じ行為をした」つまり「無神経レベルが同じ」にもかかわらずです。
気づいてて続けることと、気づかないで続けることは違う行為だと思うんですけど。

>ということは、人が無神経かどうかを判断するのは「自身の行為の無神経レベルにおける基準線の位置」ということになります。
ってのが、難しすぎて分からないです。最初に要約していただいたのも自分の発言のはずなのに分からなかったです。
ごめんなさいもう一回説明してください。おねがいします。

>私的にはイさんの発言内容では、無神経レベルを無神経の基準に考えているように思えます。
行為の無神経さを表す指標を無神経レベルと名づけました。だからその通りだと思います。

>この時点ですでにBはより無神経だと結論されるのですから。
無神経だと自覚する行為もまた無神経かどうかの判定材料なのですか?
判定材料だったとしても、一つの分野において無神経なだけで…
平均的な無神経さ(無神経レベル)はAよりも低いかもしれませんよね。
もちろん、Bの方が無神経でも話しの流れに問題はないと思うんですけど。

ほんとごめんなさい。分からないくだりがあったりするので…
イの最初の解釈のどこが不充分かポイントアウトしてもらうと助かります。

 
緑茶 (2003/02/13(Thu) 06:51:38)

文章書くのが不得手なもんですいません。至らない箇所がありました。

>えっと…それならば その人の無心経度=その人の行動の平均無神経レベル
>と考えています。
これは私の見方と明らかに異なりますが、ただ、これは私の造語なので定義をはっきりとさせなかった私に落ち度がありました。すいません。

無神経度=「無神経レベルがいくらの行為」を「無神経な行為」とするかの判定基      準の高さ

としてください。最初の1、2の文にはそういうニュアンスを含んだつもりです。

>気づいてて続けることと、気づかないで続けることは違う行為だと思うんですけ>ど。
その通りでした。すいません。この問題に対してこの例文は適当ではありませんでした。最初の1と2の例文の訂正後で考えてください。

以下訂正です

1.Aは『私は自分が無神経だと自覚した』と思った。
2.Bは『うまかった』と思った。

この時、2通りの解釈ができます。

一.無神経さを無神経レベルで考える場合
>行為の無神経さを表す指標を無神経レベルと名づけました。だからその通りだと>思います。
これはイさんの見解ですね。
この場合、両者の行為は(問題の本質に影響が無い程度の内面的な主観を除いて)完全に同じものです。異なる点というのは、行為後においてのその行為自体に対する無神経レベルの判定基準に限られます。
ゆえに、この場合は行為後にいくらAが自覚したとしてもAもBも同じレベルの無神経といえる。
さらに、これと同様の行為(同じ無神経レベルの行為)を両者が繰り返し行うことにより無神経レベルが平均的に差の無いものと認められ、そのつどAが自覚したとしても行為自体の無神経レベルが同じために、無神経さは同じである。


二.無神経さを無神経度で考える場合
この場合、両者の行為は(問題の本質に影響が無い程度の内面的な主観を除いて)完全に同じものです。異なる点というのは、行為後においてのその行為自体に対する無神経レベルの判定基準に限られます。
ゆえに、自覚したAの無神経度は自覚しなかったBのそれより高いので、AとBが同じ程度の無神経だとは考え難いどころか、AはBより無神経ではないと結論できる。

一も二も全く逆の立場から全く逆の結論を述べてます。
そして、私は二を優位に認めています。否定する理由が無いからです。
それではイさん、一が肯定できる理由をお願いします。


ちなみに私よく『意味の分からないことをグダグダいう症候群』の発作がでますので、もしそうだと感じられたら教えてください。よろしく。

最後に・・・無心経度じゃなくて無神経度です(^^


少し編集しました。

 
緑茶 (2003/02/13(Thu) 16:55:08)

>>「自分でも無神経と自覚しています」
> は2つの解釈ができます。
> 1.自分でも無神経な行動に気が付いている。
> 2.他人に無神経と言われて自覚しているが、自分の無神経な行動には気が付かない。
すいませんが、2の意味がよく分かりません。自分の無神経度は自覚しているのに行動の無神経レベルには気が付かないのですか?
少し分かりやすくお願いします。

それと、最終的には
(chakoriさんの)二件目のレスの1.「自分でも無神経な行動に気が付いている」と一件目の3.「無神経を自覚していない」
はどちらの方が無神経なのでしょうか。

 
chakori (2003/02/13(Thu) 17:41:52)

2の意味は

「おまえは無神経だなぁ。」と他人に言われて『そうか、俺は無神経な事をしてるんだ』
と自覚してる。しかし、自分の行動のどこが無神経なのか自分では分からない。

という意味です。(あまり変わってない・・・)

つまりクッキーの例で考えると

1の人は『無神経な行動だったな』と思う。
2の人は無神経な行動に気が付かない。 →他人に「それは無神経だ」と言われ気づく。
3の人は無神経な行動に気が付かない。 →他人に「それは無神経だ」と言われても気づ                    かない。

ということです。

 
緑茶 (2003/02/13(Thu) 17:54:21)

成る程成る程、そういうことですか。よく分かりました。
しかしですね、現実的に考えてそのケースが生じる可能性は極小なのでは・・・?
極小であるなら、私にはこの問題の本質にはあまり関係が無いような気がします。

あと、1の人と3の人はどっちの方が無神経かという質問にも答えてください。

 
chakori (2003/02/13(Thu) 19:06:55)

1と3の人が共に無神経な人なら当然3の人の方が無神経に思えます。
無神経は『気づく人』と『気づく時』が大切だと思っています。
『自分』で『行動する前』に気づけたら最高ですね^^

 
ななっしー (2003/02/14(Fri) 12:27:30)

2のケースに関しては
>、「無神経を自覚しているA」の方が明らかに「自覚していないB」より無神経度が低いと思われます。

と、相対評価と絶対評価の一致、不一致だけでなく、2のケースを見た
第三者の視点で判断しています。

二つのケースに対する視点が異なるので導かれる答えは矛盾してしまうのも
無理は無いかもしれません。

などと、横レスすんません。
ちなみに私、ななっしーは
『あ、もう無いの??』と騒ぎ立てるCです。



 
ななっしー (2003/02/14(Fri) 12:11:52)

1のケース
> 「自分でも無神経って分かってるわよ。今更ねぇ」
2のケース
>A『あ、ちょっと無神経だったかな・・・』と自責の念を覚えました。
>B『あ〜うまかったな』と反省の色が見えません。
> この場合、「無神経を自覚しているA」の方が明らかに「自覚していないB」より無神経度が低いと思われます。

1のケースの場合、
他人の評価と自分自身に下す評価が一致。
→相対的な評価=絶対的な評価

2のケースの場合
Aに関しては1のケースと同様。
Bに関しては
他人の評価≠自分の評価
→相対評価≠絶対評価

そこで緑茶さんは
1のケースに対して相対評価=絶対評価なので無心経度は高し、と判断していますが、
2のケースに関しては




 
natsu (2003/02/15(Sat) 03:08:47)

あたまわるくて、とても読んでいられないんですけど、
ぼけた人についても同じことが言えますか。

半分ぼけた人は、ぼけたことを自覚できるけど、
ほんとにぼけた人は、ぼけたことを自覚できない。

まわりのひとが見たら、半ぼけの方がぼけていない。

ねむれなくなっちゃった。

 
緑茶 (2003/02/15(Sat) 12:26:52)

chakoriさん
3は無神経に自覚していない人で、1は自覚している人。そして、1より3の方が無神経である。
ということは、無神経さは
?@「自覚している無神経」<「自覚していない無神経」
で表して問題ないですね。

ならば、最初の問いに戻りますが「自分でも認めるくらい〜」という日本語はどうなるのでしょうか。上の?@が正しければ「自分でも認めるくらい〜」は「〜」の部分を弱める働きになります。しかし、自然な日本語ではこれはおかしいのです。
例は不要だと思いますが、一応出しておきます。

1.A「あんた顔色悪いよ。」B「え、そうかなぁ。自分じゃわかんないけど。」
2.A「あんた顔色悪いよ。」B「・・・やっぱり?朝からこうなんだよ。」

当然この文では、1より2の方がBの調子が悪いことが暗に伝わります。1の場合は自分で気づかない程度の顔色の悪さなのですが、2の方ではそれに気づいているからです。
一般の病気(例外も数あります)は他者だけが(変異に)気付いて自分では分からない程度のものならばたいしたことが無いのがほとんどです。

つまり、chakoriさんの結論は日本語的な常識、規則に反しているにも関わらず正しい真なるものなのです。
矛盾です。私は矛盾以外の言葉で解決を望みます。

私の方も論点がずれてたらすいません。顔から火です(笑)

 
緑茶 (2003/02/15(Sat) 12:58:22)

ななっしーさん
すいません。
>他人の評価≠自分の評価
>→相対評価≠絶対評価
の意味がよく分かりません。
この図式でいうと第三者の評価が相対評価で自分の評価が絶対評価なのですか?
確か絶対評価というのは個々の能力、状態をそれぞれ独立して評価する方法で、相対評価というのはある一定の範囲内であるもの同士を比べてみた評価であったと思います。(絶対評価については手元の辞書には載っていないので間違いかもしれませんが)
この時、評価を下すのが自身であれ第三者であれ特に関係ないと思うのですが。

それに、評価の視点はあまり関係ないのでは?
それぞれどの場合についても私は絶対評価で判断し、さらに、全て第三者の目から覗いたつもりです(Bが私というのは冗談です。これで勘違いなされていたのであればすいません)

『』内の文は心の中で思っていることですが、それを他人が理解し得ることなど無いと言われるなら、それは屁理屈です。
「もしもAがこう思っていたら」「Bがこのように考えていたら」などの至極現実的な仮定を現実にあり得る例文の文中に含めることは容易なので、どちらの方が無神経かという他人の視点で見ることは十分に可能なのですから。


>そこで緑茶さんは
>1のケースに対して相対評価=絶対評価なので無心経度は高し、と判断しています>が、
>2のケースに関しては
>、「無神経を自覚しているA」の方が明らかに「自覚していないB」より無神経>度が低いと思われます。
>と、相対評価と絶対評価の一致、不一致だけでなく、2のケースを見た
>第三者の視点で判断しています。

すいません。これもよく分かりません。2のケースの方をもう少し易しい文にしてくれないでしょうか。

natsuさん
多分、同じだと思いますよ。
でも大変すよねぇ。ぼけって・・・

 
 (2003/02/15(Sat) 18:40:00)

まず、イの目的は「緑茶さんの出した事例に、矛盾を解決する無神経の説明を与えること」でした。

緑茶さんとイの 無神経さをとらえる考え方には、大きな違いがあります。
無神経レベルの数直線上において
緑茶 「各人の無神経か否かの境界線」がひかれるところ
イ  普段の行為の無神経レベルの平均


また、自分が無神経かどうかは…

人は、自分のその行為が無神経かどうかは、その行為の無神経レベルが自分の思う境界を越えているかどうかで判断する。

人は、自分が無神経かどうかは、自分の普段の行為の平均無神経レベルが自分の思う境界を越えているかどうかで判断する。

だとイは考えてみます。


このイの体系ならば、問題となっている事例は矛盾なく説明できる。
ということをイは最初の投稿で説明しました。
その投稿では「その人の無神経さ」と「本人が自分の行為を無神経と考えるかどうか」に関係はないものとしています。

このイの体系に対して有効な反論(このような場合に矛盾が生じる等)はないように思われます。

ただし、緑茶さんの考える
「その人の客観的な無神経さ」と「本人が自分の行為を無神経と考えるかどうかの基準」を同じくすると、緑茶さんが自ら指摘しているように矛盾が生じるのではないでしょうか。

「その人の客観的な無神経さ」=「本人が自分の行為を無神経と考えるかどうかの基準」
と仮定して矛盾が生じたので、考えるプロセスが間違っていない以上
その仮定を疑うべきだと思います。

また、イには緑茶さんの考えるプロセスに間違いを指摘できませんでした。

 
緑茶 (2003/02/15(Sat) 20:19:45)

イさん
> このイの体系ならば、問題となっている事例は矛盾なく説明できる。
> ということをイは最初の投稿で説明しました。
> その投稿では「その人の無神経さ」と「本人が自分の行為を無神経と考えるかどうか」に関係はないものとしています。
>
> このイの体系に対して有効な反論(このような場合に矛盾が生じる等)はないように思われます。
むむ・・・反論は・・・無いです。これは正しいです、ハイ。

> 「その人の客観的な無神経さ」=「本人が自分の行為を無神経と考えるかどうかの基準」
> と仮定して矛盾が生じたので、考えるプロセスが間違っていない以上
> その仮定を疑うべきだと思います。
はい、その通りで。

> また、イには緑茶さんの考えるプロセスに間違いを指摘できませんでした。
矛盾はないという事ですか?う〜ん・・・
イさんの体系には間違いが無いにもかかわらず私のそれにも間違いが無い?

『私の理屈では矛盾が生まれてイさんのそれでは解決し得る。かつその両方が真である。』

これはありえないと思います。多分私のが間違いなんでしょう。反論するとすれば・・・
「一見そのプロセス自体の構造は正しく見えるが、成り立つその基盤ともいうべき礎が脆く不安定なのである。どういうことかというと、その理屈は問題の全貌を広く捉えているようにもみえるが、視点の変換によりそれが意味を成さなくなり(論点が移る為)崩れ去ってしまう。そこが矛盾点なのである。」
という感じでいけそうです。
頭痛くなってきました・・・

問題解決です。レスしてくださった皆さん大変ありがとうございます。

ところでプロセスとかニュアンスっていい響きですねぇ♪
このページのお陰でエレガントに語彙が増えました(笑

済みました。

 
 (2003/02/15(Sat) 22:49:05)

一応…

>また、イには緑茶さんの考えるプロセスに間違いを指摘できませんでした。

イにはその考えるプロセス(=仮定以外)に対して指摘ができません。
なので、イはこの話を終わるつもりなのですが、もし仮定以外に指摘できる人がいたらしてくださいね。
それが、一番緑茶さんもしっくりくるでしょうから。

っていう感じのつもりだったんです。
なので、「仮定がちがーう」って以外の指摘があったら誰か教えてください。
緑茶さん的に済みでもイには興味がありますから。

試験期間なのに無神経についてやたら考えちゃったイからでした。


 
※ 問題中に使用されている人名、地域名、会社名、組織名、製品名、イベントなどは架空のものであり、実在に存在するものを示すものではありません。


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