ある小説家の死
有瀬 (2002/08/02(Fri) 11:47:20)
*****
8月1日22時22分。警視庁捜査一課警部の榎木田(えのきだ)のもとに、
ホテルの一室で男性が死んでいるとの連絡が入った。現場は、都内でも有数の
高級ホテルであるミステリホテルの最上階スィートルーム。被害者は、その日
ホテルで行われた30周年記念パーティーを終えたばかりの小説家、鳴海 壮
介(なるみ そうすけ)57歳であった。第一発見者は清掃員のトメ(74
歳)。隣の部屋の清掃に来たものの、間違えて被害者の部屋に入り、遺体を発
見したという。榎木田は部下の若い刑事に声をかけると現場へと向かった。
現場に到着した榎木田は早速被害者の様子を調べ始めた。被害者が倒れてい
たのは、応接室と呼べそうな豪華な部屋の中ほどである。真っ白な高級スーツ
に身を包んだ被害者は、その顔に苦悶の表情を浮かべて一点を見つめている。
榎木田は被害者の頭の先から足の先まで入念に観察した。着衣にまったく乱れ
はなく、ボタンのほつれや不可解な汚れなどは一切発見されなかった。気にな
ったのは被害者の右手中指のペンダコぐらいだが、それも小説家という職業を
考えるとまったく不審な点はない。被害者が座っていたと思われる椅子の前に
は、イタリア製の立派な机が設置され、その上には開封されたワインボトルと
空のグラスがあった。また、グラスの下にはB4サイズほどの一枚の紙が置か
れていた。その紙には遺書めいた文章(*1)が書かれてあった。被害者の手
元にはそれを書くのに使われたとみられる4Bの鉛筆が転がっていた…。
被害者の遺体は早速司法解剖に回された。死因は青酸化合物の服用による中
毒死。ほぼ即死とみられる。死亡推定時刻は21時を中心とする前後30分だ
った。科捜研による詳細な分析が行われ、例の文章は発見された鉛筆により被
害者自身によって書かれたことが明らかとなった。また、薬物はグラスおよび
ワインボトルから検出された。次に榎木田らは、被害者と生前親交の深かった
人物から被害者にまつわる話を聞いた(*2)。ちなみに、被害者の死亡時刻
での不在証明(アリバイ)をもつ者は一人もいなかった。
争った様子や物色された形跡がなく遺体に不審な点もない、また、遺書めい
たものがあることから、自殺の線が濃厚となった。しかしながら、榎木田は何
か違和感を感じずにはいられなかった。再び現場に戻ってきた榎木田はしばら
く考え込んでいたが、やがてぽつりと呟いた。「なるほど。そういうことか
…。」
【残された紙(*1)】
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃越 す ┃
┃し 再 も 私 も だ っ 毎 私 ┃
┃て び う が う が か 夜 が 超┃
┃い 日 何 勝 奴 り 毎 こ 越┃
┃る の 人 っ の そ ズ 夜 う の┃
┃こ 光 も た 声 れ タ 枕 し 日┃
┃と を 私 の を も ボ も て ┃
┃だ 目 を だ 聞 今 ロ と 筆 ┃
┃ろ に 苦 く 晩 に で を ┃
┃う す し こ で さ 囁 と ┃
┃ る め と 最 れ く る ┃
┃ と る も 後 た 亡 の ┃
┃ き こ な だ 霊 も ┃
┃ と い に こ ┃
┃ 私 は れ ┃
┃ は で 私 で ┃
┃ 全 き の 最 ┃
┃ て な 精 後 ┃
┃ を い 神 だ ┃
┃ 超 は ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
【被害者と親交のあった人物(*2)】
馬場 四郎(ばば しろう)(59歳、批評家)
「彼は10年ほど前から斬新で鮮烈な作品を次々と生み出してきたんですよ。
それが、これから、というときに惜しいことをしました。批評家と作家という
関係でしたが、我々は非常に仲が良かったですよ。それにしても何故自殺を
…。」
白川 雅美(しらかわ まさみ)(52歳、元妻)
「彼と離婚してから、もうかれこれ5年が経ちます。離婚の原因は…。家族旅
行の最中に自動車事故を起こして一人娘が死んでしまったんです。それから二
人は喧嘩ばかりするようになり、しばらくして離婚しました。彼も娘のことで
精神的に参っていたんですね…。」
柏木 俊介(かしわぎ しゅんすけ)(30歳、秘書)
「先生とは大学時代に知人の紹介で知り合い、それが縁で卒業後に秘書として
ご一緒させて頂くことになりました。先生には何から何までお世話になり、父
親のように感じていました。こうして記念パーティーをしたばかりだったのに
何故…?」
多古 修(たこ おさむ)(43歳、金融業)
「先生には良い商売させてもろうてました。先生はああ見えて結構オシャレで、
高級志向でしたさかい。ちょいちょいうちとこで用立てさせてもろうてました
わ。まあ、先生は売れっ子ですよってに、うちとことトラブルなんてありゃし
ませんでしたわ。ほんまでっせ。」
*****
さて、皆さん!
榎木田警部が感じていた違和感とはいったい何でしょう?
そして、ぜひとも小説家の死の真相を明らかにして下さい。
謎を解き明かすためのヒントは全て提示したつもりです。
長々とすみません(汗)。
梢 (2002/08/02(Fri) 14:23:19)
犯人は、馬場 四郎だと思います。なぜかというと、いくら、警察でも、被害者と仲のよい馬場さんに、のこされた紙や、自殺した可能性のことを言うわけが無い。なのに、『自殺を・・・。』といった。なぜだ。それは、あなたが、被害者を殺したからだ。残された紙は、どうせ、脅したんだろ。でも、前日、もうこの人生は、いやだ。といってた、といわれたら、大変だ。
どら (2002/08/02(Fri) 14:43:49)
違和感:
「真っ白な高級スーツ」で「4Bの鉛筆」で書いた
にもかかわらず、汚れがない点だと思います。
遺書?は縦書きですし。
犯人は考え中…
有瀬 (2002/08/02(Fri) 14:42:32)
-> 梢さん
鋭い推理です。それがネタになっている推理クイズもありますね。
ですが、今回の問題では次のように解釈して下さい。
「自殺…」発言については、榎木田を除く他の捜査員が皆自殺の方向で捜査を行っているため、関係者には「自殺をする動機」について主に尋ねていた、と。
ではヒントを1つ。
*****
榎木田が感じた違和感は、【被害者と親交のあった人物(*2)】を読まなくても解くことができます。
*****
りゅりゅ (2002/08/02(Fri) 15:21:22)
すごくおもしろい話ですね〜!
でもむずかしい・・・。
えーっと、少しギモンに思ったのですが、青酸カリって飲んですぐ効果があるものなのでしょうか?
もし、すぐ効果が出るなら薬物反応のあったグラスが空になってるのは不自然かなーって思います。少しぐらいワインが残るのが普通かと。
あと犯人なんですが、多古 修の言葉に「うちとことトラブルなんてありゃし
ませんでしたわ。」 多古とのトラブルで自殺って考えにくいです。・・・って個人的な感情ですね(^^ゞ
長く書いてすいません。
すごく楽しく考えられました(^-^)/
有瀬 (2002/08/02(Fri) 18:27:14)
本文の誤字・脱字に若干手を加えたことをお詫び致します。
-> どらさん
素晴らしい推理ですね!
お見事です。
ずばりその通りです!
ぜひ引き続き死の真相を解き明かして下さい。
どうやら私の投稿とどらさんの投稿が、
前後していたみたいですね。
返事が遅くなってすみませんでした。
-> りゅりゅさん
喜んで下さって有難う御座います(笑)。
青酸化合物の効果は即効で現れますよね。
確かにグラスにワインがまったく残らない、
というのは少し普通ではないような気もしますね(汗)。
被害者はグラスのワインを豪快に一口で飲むような人だった、
ということで許して下さい(苦笑)。
多古は消費者金融(サラ金)の人間ですから、
もし多額の借金をしていたら、自殺の動機になるということで。
ヒント2
*****
遺書めいた文章はいつ書かれたのか?
*****
てとら (2002/08/02(Fri) 19:21:32)
紙の上にはグラスが置いてあるのに、被害者の手許には鉛筆があった。
紙の上にあるということで、ワインを飲んだのは書き終えた後であるはずなのに、
なぜ被害者は鉛筆を置かなかったのだろう??…
犯人は『白はシロ』ということで、多古修??
宇宙戦艦ヤマト (2002/08/02(Fri) 23:13:08)
薬物はグラスおよびワインボトルから検出された。
えー自殺する人の心理としては、ボトルには毒を入れず、
グラスにワインを入れ、毒を入れるものです。
つまり、自殺する人がわざわざ、口の小さいボトルに毒をいれません。
有瀬 (2002/08/03(Sat) 00:53:32)
-> てとらさん
仰るとおり鉛筆が被害者の手元にあった、
というのは確かに違和感がありますよね。
鋭い推理です。
ところで、申し訳ないのですが、
『白はシロ』の意味が判らないのですが…(汗)。
-> 宇宙戦艦ヤマトさん
仰るとおりですね!
確かに自殺しようとする人間が、
わざわざ入れにくいボトルの口から毒を混入する、
というのは心理的にもおかしいですね。
さすがです。
さて、皆さんもお察しの通り、
小説家は自殺したのではありません。
これは他殺、つまり殺人事件なのです。
犯人は登場人物の中におります。
ぜひとも皆さんに犯人を指摘して頂きたいのです。
ポイントは、犯人は如何にして、
被害者に遺書めいた文章を書かせたのか?です。
皆さんの華麗な推理を楽しみにしています。
KUON (2002/08/03(Sat) 11:21:29)
初カキコです。
いやぁ、このHPはおもしろいですねー。
なんか頭を悩ませたいのならココに来いって感じです。(笑)
それはともかく、犯人は「柏木俊介」ではないでしょうか。
大学時代の知人の紹介ということは、一般的に考えれば
柏木が18〜22歳の間に2人は知り合ったことになります。
そして批評家の話によれば、鳴海の作風が変わりはじめたのが
10年前から。鳴海と柏木の知り合った時期と一致しますよね。
鳴海は自分の作品のアイデアを柏木に出させていたのではないでしょうか。
つまり、この遺書は柏木が鳴海に次の作品の内容として話したものを、
鳴海が書いた、もしくはメモを取った、のではないでしょうか?
柏木は鳴海が過去に娘を亡くしていることを知っていてそれを利用した、
そんな感じだと思うのですがいかがでしょう・・・・?
動機は、独立したかった柏木を鳴海に脅されてできなかった、とかかなぁ・・。
鉛筆は鳴海が書いたものに合わせて柏木が置いておいたもの、
秘書なら部屋に来るチャンスもあっただろうし、毒をしかけることもできそうです。
ダメですか?こんなに長い文章書いたくせにダメだったら泣くかも。(笑)
有瀬 (2002/08/04(Sun) 14:54:50)
-> KUONさん
お見事です!素晴らしいですね。
完璧な推理でした!
このHPには発想力、推理力の優れた皆さんが集まり、
頭を悩ませるにはもってこいの場所ですよね(笑)。
これからも楽しんでいきましょうね。
さて、相変わらずの長文ですが(汗)、
一応解決編を用意させて頂きましたので、
お時間のある時にでも読んで下さると幸いです。
なお、てとらさんと宇宙宇宙戦艦ヤマトさんのアイデアを、
若い刑事の発言の中に利用させて頂きました。
まことに感謝致します。
では解決編を…。
*****
榎木田は早速部下の若い刑事を呼び寄せるとこう言った。「遺体の様子と周りの状況を見て、何か違和感を感じないかね?」若い刑事は額に皺を寄せながらしばらく考えた後、自信なさげに答える。「例えば…。どうして遺体の側に鉛筆があったのか?鉛筆を持ったまま服毒したわけでもないはずですし。それから服毒する時ってわざわざボトルに毒を入れるものでしょうか?グラスに入れれば済むような気がしますし。」榎木田は、若い刑事の鋭い指摘を嬉しそうに聞いていた。「確かに通常の自殺を考えると違和感を感じるね。だが、これらの状況証拠だけで自殺の可能性を完全に否定することは難しい。」若い刑事は額により一層皺を作って考え込んでいる。そんな様子を見ていた榎木田は、いたずらっ子のような笑みを浮かべると、おもむろに紙と鉛筆を取り出しこう言った。「君、今から遺書を書いてくれ。」
「ええ?遺書ですか?」若い刑事は素っ頓狂な声を出す。「もちろん本物の遺書ではない。残された紙に書いてあった文章を今ここで書いて欲しいんだ。そっくりそのままね。」訳が判らないといった様子ながらも、若い刑事は指示にしたがって例の文章を紙に書いていく。「できたかね?うん、そんなもんだろう。ではこの紙を見て何か気づかないかね?」若い刑事は今自分が書いたばかりの紙を見つめるとやっと何かに気づいたようだ。「そうかっ!文字がこすれてところどころ黒ずんでいます。ということは、もしかして…?」若い刑事は自分の右手の裏と袖口を見た。やはりところどころ黒く汚れている。「判ったかね?つまりそういうことだ。右利きの場合、縦書きというのは改行するたびに手が書いた文字の上を往復する。するとこうして汚れてしまうわけだ。ましてや現場に残されていた鉛筆は4Bだからその傾向が強い。にもかかわらず、被害者の手も白いスーツもまったく汚れていなかった。これはどういうことを示しているか…。」若い刑事がその後を続ける。「つまり、被害者は服毒する直前にあの文章を書いたわけではなく、少なくともスーツを着るより前に書いたというわけですよね?!そんなに前に書いた文章をわざわざ遺書として使うはずないですよね。つまり、自殺ではなく他殺ということですね!」「そういうことだ。これは殺人事件だ。」
「こんな手の込んだ偽装工作をするということは、やはり犯人は被害者と随分親しい人物だったのでしょうか?」「やはりそう考えるべきだね。私にはなんとなく犯人の目星がついているがね…。」若い刑事は、榎木田の次の一言を聞き漏らすまいと真剣な面持ちで聞いている。「先ほど4人に話を伺ったが、そこで2人から興味深い話が聞けた。まず馬場の話では、どうやら被害者は10年ほど前から作風が大きく変わったようだ。斬新で鮮烈な作風にね。一方、柏木の話では、大学時代、おそらく20歳前後に二人は出会ったそうだ。柏木は今30歳だからちょうど二人が出会った頃から作風が大きく変わったことになる。…。」「そうか!つまり犯人は柏木なんですね!」
「そういうことだ。被害者と柏木との間にどういう経緯があったのか判らないが、結果的に柏木が考えた小説のネタを使って被害者が小説として発表していたのだろう。そして、最初良好だった二人の関係もやがて溝ができ、柏木は独立を考えるようになる。しかし被害者はそれを許さなかった。おそらくそれが動機であろう。例の紙にある文章は、殺害を計画していた柏木が、新しい作品のネタとして被害者自身に書き写させたものにちがいない。被害者は、まさかそれが遺書として使われるとは思ってもみなかっただろうがね。」
榎木田は例の文章を見つめながら寂しそうな顔で呟く。「それにしても、この文章を読んでいるとね、自殺を偽装するための遺書というよりは、むしろ、柏木の心の叫びが表現されているような気がしてならない。表舞台に上がることのできない苦悩やプレッシャーなどがね。もしかしたら…。これはあくまで私の想像だがね。被害者の娘さんと柏木は恋人同士だったのかもしれない。そして被害者の娘さんが亡くなったときから二人の間の歯車が狂い始めたのかもしれない…。さて、柏木のところに向かおうか…。」
*****
最後になりましたが、
梢さん、どらさん、りゅりゅさん、てとらさん、宇宙戦艦ヤマトさん、KUONさん
をはじめとして、考えて下さった全ての皆さんに深く感謝致します。
※ 問題中に使用されている人名、地域名、会社名、組織名、製品名、イベントなどは架空のものであり、実在に存在するものを示すものではありません。