露天風呂の悲劇
有瀬 (2002/04/06(Sat) 10:33:56)
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「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」等々力 圭吾(とどろき けいご)は、和服姿の仲居の綾子(あやこ)に愛想良く出迎えられ、老舗旅館の広陵閣に足を踏み入れた。等々力は明日の同窓会に参加するためにやって来たのだ。部屋に向かう等々力の身に悲劇が待ち受けていることなど、このとき誰にも予想できなかった。
「ああ。いい湯だな。そういや学生の頃はお前とよく温泉巡りをしたもんだな。ま、あの頃は今みたいに客室備えつけのプライベート露天風呂なんかじゃなくって、河原に湧き出た無料野天風呂や安い公衆浴場ばかりだったがな。」と、等々力は日焼けした顔に白い歯を見せながら笑った。「そうだな。あんたとこうして肩を並べて湯に浸かるのも久しぶりだ。」と、殺人者は体の奥底に蠢く殺意を押し隠すように答えた。「そう言えば仕事の方はどうだ?客商売は苦手と言っていたが、うまくいってるのか?」殺人者は等々力の問いに首を立てに振って答えると、指を差しながら等々力の注意を引いた。「あれを見てみい。綺麗な花だ。」等々力は指差す方向に身をよじった、殺人者に無防備な背中を晒しながら…。それは一瞬の出来事だった。殺人者は隠し持っていたナイフを等々力の背中に深々と突き刺した。真っ赤な血が湯を染めていく。とそのとき部屋の出入り口の方から声がした。「等々力、いるか?」誰かが等々力に会いに来たのだ。殺人者は息を殺して身を潜める。「ったく、いないのか。仕方ない出直すか…。」訪問者は諦めて帰っていった。うかうかしてはいられない。殺人者は急いで浴衣を着ると、何食わぬ顔で部屋を出て行った…。
「ギャーー!」突然旅館全体に悲鳴が響き渡った。悲鳴の主はタオル姿の老婆のトメだった。一つ隣の部屋に宿泊していたが、間違えて等々力の部屋に入り遺体を発見したという。しばらくすると、所轄署の刑事とともに警視庁捜査一課警部の榎木田(えのきだ)がやってきた。鑑識は手早く現場検証をする。被害者は湯船に浸かったまま絶命していた。死因は背中から心臓を一突きされたことによるショック死。ほぼ即死だったと考えられる。凶器は湯船に沈んでいた。各部屋に備え付けられた果物ナイフだった。また湯船の中にはバスタオルが浸かっていた。部屋の中には特に荒らされた形跡は無かったが、どういう訳か浴衣一組が紛失していた。広陵閣の宿泊客の中から被害者の人間関係が調べられた。この中に被害者の同窓生が三人いることがわかった。鏑木 俊一(かぶらぎ しゅんいち、大手証券会社勤務)、須田尾 隆(すたお たかし、焼肉屋店主)、間宮 源三(まみや げんぞう、花屋店主)の三人だ。鏑木と須田尾はそれぞれ被害者の部屋を訪ねたが被害者はいなかったと語った。一方、間宮は被害者の部屋には行っていないと語った。三人とも死亡時刻に不在証明(アリバイ)はなく動機もあるようだったが、犯人を特定するには至らなかった。等々力の生前の様子を知るため担当の仲居が呼ばれた。事件のせいでいらぬ雑務に追われていたのだろう。スカートを翻し綾子はやって来た。榎木田は等々力の様子に変わったことがなかったかと尋ねた。「特にお客様に変わった様子はありませんでしたが、どうやら何方かお客様を待っているようでした。」と、答えた。
目撃証言がまったく無く、犯人の遺留物も発見されない。この事件(やま)は難航しそうだな、と榎木田は溜息まじりに呟く。それにしても何故浴衣一組が紛失したのか?湯船に浸けられたバスタオルは何を意味しているのか…?煙草に火を点けながら湯船を見つめていた榎木田は突然叫んだ。「そうか!そういうことか!」
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さて、皆さん!
榎木田警部はどのようにして犯人を推理したのでしょう。
長文で読み難い割に簡単な問題かも(苦笑)。
ゆういち (2002/04/06(Sat) 10:59:58)
犯人は仲居の綾子?沈んでいたバスタオルは女性が入浴する時に身体に巻いていたもの。犯行後、浴衣を着て宿泊客になりすまし逃走した・・・う〜ん、どうでしょう(シゲヲ)?
そら (2002/04/06(Sat) 13:09:20)
私も犯人は女将さんかと思った。
最初和服姿で登場してるのに、いつのまにかスカートになってるし。
でも、犯人の言葉使いの悪さがどうも気になる・・・。
あと、トメさんが浴室を覗くまで部屋を間違えたことに気づかなかったのがすごいね(w
脱衣所には被害者の衣類があったでしょうに。
一番の被害者はタオル姿のトメさんを見てしまった人でしょうか(w
そら (2002/04/06(Sat) 13:38:17)
女将じゃなくて仲居でしたね。
そら (2002/04/06(Sat) 14:04:18)
考えてみると・・・犯人が仲居さんだとして、仕事中にのんびりお客さんの部屋でお風呂に入ってるわけないですね(w
となると・・・
犯人が犯行後着ていった浴衣は紛失した浴衣と同じものなんでしょうか?
だとしたら被害者の部屋を訪ねる時に犯人が着ていた衣服はどうしたんだろう?
ゆういち (2002/04/06(Sat) 14:22:47)
犯人が「綺麗な花だ」と言って被害者の注意を引いていますが、もしや花屋の間宮か?
う〜ん、ちょっと浅はかですね(笑)ところで犯人は「客商売」やってるらしいですから、証券会社に勤めてる杉本さん・・・じゃなかった、鏑木(←読めねぇよ)と職業不明のトメさんは容疑者から消えるのではないでしょうか。
>>そらさん
トメさんのタオル姿は強烈だったでしょー(w
たしかに仲居が客の部屋でのんびり露天風呂入ってたってのも変な話です。
やはり犯人の着ていた衣類が非常に気になるところですね・・・。
そら (2002/04/06(Sat) 14:28:38)
>>ゆういち探偵さん
花屋だったら「綺麗な花だ」と言わず、花の名前を言うと思ったんですけど、どうでしょう?
トメさんと混浴・・・イヤやぁ〜(w
しかも、学生時代から・・・
鏑木って「かぶらぎ」って読むんですかね。
有瀬 (2002/04/06(Sat) 23:56:30)
ゆういちさんとそらさん、大正解です!
しかも細かい点まで考えて下さって有難う御座います。
あまりにも簡単過ぎて、裏の裏を考えて下さったような…(苦笑)
次回はもう少し骨のある問題を出題したいですね(笑)。
それにしても、トメさんがそれほど話題をさらうとは考えもしませんでした(爆)。
下に問題文よりも長い解決編がありますが(爆)、
お時間のあるときにでも読んで下さい。
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「ちょっとそこの君、悪いがもう一度さっきの仲居さんを呼んできてくれるかね?あっ、それとその前に一つ確認してもらいたいことがあるんだがね…。」と、榎木田は所轄署の刑事に何やら命じた。そして、刑事の後ろ姿を見届けると、本庁の部下である若い刑事を呼びよせた。「君はこの事件をどう見るかね?ポイントは湯船に浸かったバスタオルと紛失した浴衣だがね。」利発そうな若い刑事は額に皺を寄せながら恐る恐る答える。「そうですね。単純に考えれば、体を拭いた後に無造作に捨てたタオルが偶然湯船に浸かってしまった、ということですが…。そう言えば発見者のトメさんはタオルを体に巻いて…。そうか!犯人は女性だったんだ。女性は普通タオルを体に巻いて入りますよね。ましてや男性と混浴するわけなんだから。」榎木田は嬉しそうに頷く。「そういうことだ。君が言ったように犯人は女性である可能性が高い。だがこれはあくまで推測に過ぎない。バスタオルを体に巻く男性がいないとも限らないし、最初に言ったように単に使い終わったタオルが湯船に落ちただけかもしれない。そこでもう一つのポイントだ。何故浴衣が紛失したのか?」若い刑事は再び額に皺をよせながら答える。「うーん。犯人が浴衣を持ち出したことはまず間違いないですよね。問題は何故浴衣を持ち去ったのか?例えば、浴衣に犯人を特定する何かが付着してしまい仕方なく持ち去ったとか、あるいは浴衣を持ち出すことでメッセージを残したとか…。あとは何らかの理由があって浴衣に着替えたということですよね。例えば、服を汚してしまってそのままでは怪しまれるから浴衣に着替えたとか。うーん、あるいは…。そうか!浴衣を着ていれば誰にも目立たず旅館内を歩くことができる。目立たず逃げるために浴衣に着替えたのではないのですか!」榎木田は満足そうに頷く。「なるほど。目立たず逃げるために浴衣に着替えたということだね。だがね。実際目撃者が一人もいなかったように、無理に浴衣に着替えずとも逃げおおせたように思うのだがね。しかも、浴衣に着替えるということは元々着ていた衣服を持ち歩かなければならない。何故そこまでして犯人は浴衣に着替えなくてはいけないのかね?」
ちょうどその時、刑事が先程の仲居を連れてきた。刑事は榎木田に何やら耳打ちすると脇に下がった。「わざわざすみませんね。もう一つ伺いたいことがありまして。ところで、綾子さん。今は和服ですが、先程は洋服を着てましたよね?女将さんの話によると、この旅館の仲居さんは全て皆和服を着てお客さんを迎えるということでしたが。何か不都合があって洋服に着替えていたのですか?」綾子の顔が一瞬青くなった。だが気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと答えた。「ええ…。ちょっと気分が悪くなったので着物を脱いだのです。」榎木田は右手で顎を擦りながら、憐れむような顔で綾子を見た。「調べさせて頂いたのですが、あなたは被害者とは大学時代に非常に親しい間柄だったそうですね。そしてここで偶然被害者に再会してしまった。どういう経緯で混浴することになったのか解りませんが、そのときには殺害を考えていたのですね。体に巻いたタオルの隙間に果物ナイフを隠して…。一緒に湯に浸かるくらいですから、被害者はあなたのことをこれっぽっちも疑っていなかったのですね。無防備の被害者をあなたは後ろから…。」綾子は震えながらも強い口調で反論する。「証拠なんてないじゃないですか。それとも証拠があるんですか?あるんだったら見せなさいよ。」榎木田は少し難しい顔をしながらも自信のある顔で答えた。「今はまだありませんが、いずれ明らかになりますよ。先程湯船から長い髪の毛を発見しましたから。今は科学捜査が進んでいましてね。髪の毛一本からだってDNA鑑定をすることができますからね。」これは榎木田のハッタリだった。まだ100%綾子を犯人と断定するだけの証拠はなかった。だが、綾子はこの一言で諦めたようだった。「私がやりました…。学生時代に私を弄んだあいつが憎かったのです。どうしても許せなかった…。」榎木田は綾子の肩に軽く手を乗せるとゆっくりと呟いた。「詳しくは署の方でお聞きしましょう…。」
綾子を連れて所轄刑事達は署に戻って行った。残ったのは榎木田と部下の刑事。部下の刑事は思い出したように榎木田に話しかけた。「ところで警部、綾子はどうして浴衣に着替えたのでしょうか?」榎木田は笑いながら答える。「ああ、それはね。単純なことだよ。被害者を殺害した後、綾子は焦っていたのだろうね。焦れば焦るほど着物なんてちゃんと着られない。老舗の旅館だしいい加減な着付けでは余計目立ってしまうからね。それで仕方なく浴衣に着替えたのだろう。もしかしたら、彼女は一人では着付けできなかったのかもしれないね。」
その後の捜査で決定的な物的証拠が発見され、綾子は殺人容疑で送検された。
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最後になりましたが、
推理に参加して下さった全ての方々に感謝致します。
そら (2002/04/07(Sun) 00:04:31)
長い文章お疲れさまでした。
これだけの文章力はホントに凄いと思います。
次回もトメさんは出てくるんでしょうか?(w
今後も期待してます。
頑張ってください!!
有瀬 (2002/04/07(Sun) 00:12:43)
>> そらさん
恐縮です(照)。
が、今回は内容の薄さを文量で誤魔化したような(汗)。
難問目指してがんばりますね!
トメさん、レギュラー化決定か!?(爆)
そら (2002/04/07(Sun) 00:21:45)
実はトメさん凄い人だったり(w
本庁の刑事さんも頭の回転速い人だねー。
有瀬 (2002/04/07(Sun) 10:44:41)
トメさんが再び事件に巻き込まれ、
榎木田警部が鮮やかに解決する、
という話を作ってみますね(笑)。
遅筆なのでいつになるか判りませんが(苦笑)。
そら (2002/04/07(Sun) 18:06:28)
ガンバってください(^−^)
楽しみにしたまーす。
あー。トメさんの運命や如何に?!
そら (2002/04/07(Sun) 18:06:57)
これで何回目だろう・・・。
済忘れてました(w
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