帰り道
むた (2005/11/13(Sun) 19:15:25)
「遠回り何回も 帰れないこの道
いつまでも いつまでも
続いたらよかったの」
(拝郷メイコ「帰り道」より)
第1章 駅前のホームレス
「金が欲しいな〜、たっちゃん。」
「何を言ってるんだよ、よっちゃん、今さらだよ・・・。」
二人のホームレスが駅の地下道で話している。確かに今さら言っても仕方ない。
みな、それぞれの過去がある。その過去をふる捨てた身である彼らとしては、金のことを言ったところで仕方ない。
「金に未練がありゃ、こんなとこにはいないやな。」
たっちゃんと言われた男の呟きに、よっちゃんと言われた男が寂しげに微笑んだ。
第2章 昼のワイドショー
『全く大変な偶然ですね〜』
いつものようにワイドショーの司会が大げさな口調で興奮をしつけてくる。作られた表情がバカバカしくて不快だ。
「どうした、何かあったのか?」
私は食い入るように見つめているサツキに聞く。彼女は黙々とクッキーをかじっている。二つのことを同時にやる才能は女性特有のものだろうか。
「あら、むたさん。いえ、その、数日前に病院で亡くなったホームレスのことをやっているんですよ。」
「ああ、あのリンチで亡くなった。」
「ええ、そのリンチが昨日放送したドキュメンタリーのラストシーンに使われているんですよ。ほら、またやりますよ。」
私は驚いて画面を見る。どうやら繰り返されたシーンのようだ。ホームレスがインタビューに応じている。そのとき画面に数人の男たちが一瞬だけ映るとカメラが揺れながらあさっての方向を映す。画面の外から悲鳴、罵声、仲間の「よっちゃん、大丈夫か!」という叫び声が聞こえる。ラストシーンは救急車だ。
「この番組の責任者は誰かわかるか?」
私はサツキに聞いた。
第3章 テレビ局
「私だって驚いているわよ!・・・そのこんな偶然が起こるなんて・・・。」
いかにもやり手という感じのフジタミキという女性プロデューサーがいう。
「そりゃ、ホームレスにインタビューして題名に『社会の犠牲者』とつけるドキュメンタリーは趣味が悪いかもしれないけど、あたしたちなりに必死なのよ!」
彼女は最近、視聴率がとれず苦戦していたらしい。今回の番組はそういう意味では久々のヒットということになる。だが表情は複雑だ。
「なぜ、警察には連絡しなかったんですか?」
「慌ててたのよ!救急車呼ぶので頭いっぱいで。それに関わり合いを持ちたくなかったし!」
警察か事件かは、明言しない。まあ両方だろう。
「あの聞くことないなら帰っていただけますか?次の企画を考えなくてはいけないんです。」
私は追い出されるように部屋を出た。
第4章 娘
「むたさんですか?」
署に帰ってくるなり、若い娘さんが私を待っていた。被害者の娘さんだ。数日前になくなりニュースになって以来、彼女は何度もここに足を運んでいる。
「テレビを見たんです。あれは父です。」
矢も盾も止まらずにきたようだ。
「何か捜査の進展はありましたか?」
それを言われると弱い。何しろ数人のチンピラというか、不良というかに集団リンチされて殺されただけでは手がかりは皆無に等しい。困った顔の私の前で彼女はおもむろにカバンを開ける。
「あの、これは何かの手がかりになるでしょうか?」
それは封筒であった。表面に彼女の名前が書いてある。
「これは確かに父の字です。バタバタして忘れていたのですが、なくなる数日前に送られてきたんです。10万円くらい入ってました。」
私はとりあえず、封筒のコピーをとった。
第5章 ホームレスのたっちゃん
私はホームレスを相手に聞き込みを重ねた。だが、返ってくる答えは「フルフェイスのヘルメットをかぶっていた」「黒いジャンバーを着ていた」「リンチした後すぐに準備していたバイクで逃げた」という既に知っていることばかりであった。
だが、それでもしつこく捜査する私に神も哀れんだのかもしれない。何とか生前被害者が仲良くしていたたっちゃんという男に引き合わせてくれた。
最初彼は下を向いたまま目もあわせない。それでもしつこく聞く私に彼は噛み付くように叫んだ。
「うるせえな!俺はあいつにやめろって言ったんだ!はした金に目がくらみやがって!」
「どういうことですか?」
彼はもう私を見向きもしない。お金、ドキュメンタリー、チンピラ・・・私は散らばったピースを頭で組み立てようとしている。
問題:事件の犯人は誰かまた被害者はどのようにお金を手にしたのか。
・・・一応推理にしたけど・・・お話ですな・・・・(−−;
Yuko (2005/11/14(Mon) 16:10:15)
むたさん、こんにちは。
犯人→ドキュメント番組のスタッフと、雇われたエキストラ
お金→「よっちゃん」も雇われていたので、出演料
やらせ番組だったが度が過ぎて…という事で。
むた (2005/11/14(Mon) 23:19:20)
Yukoさん、さすがです。パーフェクト!
にしても、俺の問題は出題者のみが苦労する素敵な問題ですな。
(腕がないせいか・・・。)んなわけで解決編です。
第6章 呟き
私はぐったりしてソファに横たわっている。気を使うようにおずおずとサツキが私に声をかける。
「お疲れ様でした・・・犯人は自白したんですか・・・?」
「うん・・・刺激的な映像をとりたい人と娘さんに償いのお金が欲しい人の需要と供給が一致したってわけだ・・・。」
私はそのままの姿勢で返事をする。何だか全身から力が抜けたようだ。
「悲しいですね。我が命10万円だなんて・・・。」
「まあな。もともとは殺す気はなかったから・・・傷害致死なのかな・・・。救急車呼ぶために少し強めに叩いたのが命取りになったんだろうな・・・。」
ホームレスを何年もやっていた彼にはダメージが強すぎたのかもしれない。
「それにしてもあの子・・・自分を捨てた親のためにあんなに熱心になれるものなんですね・・・。」
幸福な家庭に育った彼女には、親に捨てられた子の気持ちは想像できないのだろう。私も似たようなものだが。
「彼女な・・・10万円手付かずだったよ・・・案外それが本音だったのかな・・・。」
「でも、遺骨を抱えたとき涙を流してましたよ?」
「遺骨を抱えた瞬間に突然感情が変わったのかもな・・・。」
そんなことは珍しいことではないだろう。涙を流しながら、彼女の頬に笑いに似た陰が走ったことは彼女自身も意識してないかもしれない。
「そういえば、帰り際に何か話してましたけど、なんていったんですか?」
私は起き上がると、にやりと笑う。
「その件はヤグチさんに任せてあるよ。」
あの人なら大丈夫だろう。
エピローグ 駅前の地下道
冬も深まりつつある。コンクリートの床は冷たさをましている。今年の冬は冷え込みが激しいようだ。それは気温のせいだけではないだろう。
「よっちゃん・・・。」
仲間を失ったことはたっちゃんにとって体半分なくなったような気分だろう。ダンボールの中で丸まって少しでも暖をとろうとする。そのとき、彼を呼ぶ声がした。若い女性の声だ。
「あの・・・たっちゃん・・・さんですか?」
顔を上げると見覚えのある顔がそこにある。その女性は骨壷らしきものを抱えている。
「あんた・・・よっちゃんの・・・?」
「生前、父がお世話になりました。」
頭を下げる彼女から少しはなれたところに強面の中年男が見える。
「まさか・・・。」
たっちゃんの脳裏にしつこかったあの若い刑事の顔がよぎった。
※ 問題中に使用されている人名、地域名、会社名、組織名、製品名、イベントなどは架空のものであり、実在に存在するものを示すものではありません。